昨年の12月。職場のロッカールームで、こんな会話が繰り広げられていた。
「もう買いました?」
「いや、まだです。今日買いに行こうと思って」
「あー、大変!」
一瞬、ブツの取引かと思ったが、どうやらクリスマスプレゼントのことのようだ。
私は小学六年生くらいまでサンタを信じていた。比較的、長い方だと思う。サンタという存在に対して、かなりロマンチックな感情を抱いていたし、故に過度な期待をしてしまっていた。ある年のプレゼントが長靴型の箱に詰め込まれたお菓子セットだった時は、大泣きしたことを覚えている。それほど我が家の経済状況がひっ迫していたということなので、泣きたいのは親の方だっただろう。
中学生になると、周囲にサンタを信じている人は皆無だった。小学生の頃は「お前、サンタいると思ってんの?」とか「親に決まってんじゃん」みたいな、サンタいる派を冷笑するような言動をとる奴らがいたのだが、中学校ではそもそも「サンタを信じているか否か」という話題自体がなく、なんなら「サンタいつまで信じてた?」みたいな、もうそこは終わったよねという空気が流れていた。
私もソワソワし始めた。それまで盲目的に信じていた存在に対して、改めて現実的に考える。(サンタがいるとしてその目的はなんだろう。プレゼントを渡すという善行のもとに、無断で人の家に入る。不法侵入がまかり通っている。普段は玄関の鍵チェックを二重に行い、車のエンジンをかけた後にわざわざ戻って三重目の確認をするような母親が、サンタに対しては「プレゼントよかったね」だけで済ませているのも不可解だ。もしかしたらサンタには洗脳能力があり、母の認知を歪めているのかもしれない。かつ姿を見られないようにするための透視能力、そして壁抜けの技術、例えばピッキングなども心得ている。しまいには飛行能力まで。そんな強大な力を持った存在、かなり危険なのでは? というかやはりサンタいないのでは?)
そんな年のクリスマス。弟は健気にサンタ宛の手紙を用意している。あと、コーラと牛乳。(サンタの好物だと思っていたらしい。腹壊すぞ。)手紙には弟が以前から欲しがっていたゲームのカセットが書いてあった。
その日、私と弟を置いて出かける母からあることを命じられた。「これからプレゼントを買ってきて、玄関に置いておくから、弟の気を逸らして欲しい」というものだった。私はそこでようやくサンタがいないことを確信できた。ショックよりも安堵の気持ちの方が大きかった。よかった。もうサンタに怯える必要もなく、何より親のことを疑うことからも解放された。
安心した私は今しがた課せられたミッションを遂行するために、弟を部屋から出さぬよう誘導し、母が玄関にプレゼントを用意する時間を稼いだ。「玄関に置いたよー」というラインを確認し、良い頃合いを見て、弟を玄関に向かわせ発見してもらった。ふう、子供の夢を壊さないというのは大変だ。それはたとえ長靴のお菓子セットだったとしても。
ちなみにその年の私宛のプレゼントは、アマギフカードだった。サンタ、急に現金すぎるなと思った。