彼のこと。

私と弟は6歳離れている。
私が中一の頃、弟は小一。

六歳も離れているため、幼少期の弟のこともわりと覚えている。


弟は良く泣いていた。
気に入らないことがあると、とにかく泣く。正確には泣きながら怒る。
宿題をしたくない、欲しいゲームがある、家に帰りたいと泣くこともあれば、帰りたくないと泣くこともある。

母に怒られ、父に怒られ、私にも怒られていた。


小学生高学年になると、いわゆる反抗期というものだったのか、家に帰ると常に不機嫌そうで、それはそれで注意されていた。

それが子供というものだとも思うが、少し心配だった。


弟は中学生に上がると、野球部に入部した。

体育という教科を何よりも憎み、運動部に所属したことのない兄とは対照的に、弟はスポーツマンだった。

体育祭でもリレーのアンカーを務め、黄色い歓声を浴びる弟を見て、本当にあんな奴がいるんだなと思った。

私は片道2時間かけて高校に通っていたので、顔を合わせることは少なくなっていた。
弟も遅くまで部活をして、疲れている様子だった。


「練習、手伝ってよ」

ある休みの日の夕方だった。
彼はピッチャー志望で、父とよく練習をしていることは知っていた。

 

小学生の頃はよくキャッチボールをしていたが、改めて練習に付き合うのは久しぶりだった。

玄関には、弟、父、そして私の順にグローブが並んでいる。弟のと比べると、私のは新品のように見える。
少し冷たい革の匂い。

自分の手に馴染ませるように、開いたり閉じたりする。

サンダルを履いて外に出る。

空は薄い紫色で、カラスが家に帰っていく。


10メートル先に立つ彼の輪郭も見えづらい。

「いくよー」

大きく振りかぶり、ボールを投げる。

 

バシィッ


痛い。

 

かろうじてキャッチしたボールは、手の平にハツラツな痛みを広げる。

 

「痛かった?」

 

「うん」

 

「ゆっくり投げるよ」


それからはほとんどキャッチボールみたいなスピードで続けた。

実際、練習にはなっていなかったのだろう。
それでも、辺りが真っ暗になり、ボールが見えなくなるまで続けた。
何を話していたかはもうあまり覚えていない。

彼は今、高校3年生。

夏に向けて、いわゆる最後の野球に臨んでいる。

 

もう彼のボールはキャッチできないだろう。

すごい速さで過ぎていく。